平等院ミュージアム鳳翔館 / 栗生明

宇治川沿いにたたずむかの有名な平等院鳳凰堂の隣にこの建物は2001年(平成13年)3月1日(木)に開館した。
宝物館(1965年竣工)の老朽化に伴い新築された訳だがその展示物の中でも建物木造雲中供養菩薩像26躯
は空間に浮遊するかのごとく展示されていて必見である。


 

このような歴史的建造物に隣接して建設する場合大きく分けて二通りの考え方が存在する。
一つは対峙する事でお互いを強調する方法、もう一つはお互いにできるだけ影響しないように別々に考える方法である。平等院鳳凰堂はしらない人がいないくらいの歴史的建造物である為その威厳を保つうえでもまあ、後者が適切だとは思うが・・・前者だったらどうなっていたんだろう?とちょっと気になります。右の写真ではちょっと解かりにくいのですが、鳳翔館のボリュームをできるだけ地下に埋めて、その建物の存在を平等院鳳凰堂側からはまったく消している。

 

平等院鳳凰堂

写真奥からやって来てこの池の周りをぐるりと廻ってもう少し進むといきなり、平等院鳳翔館の看板が(確か)あって、山の中に切り取られた幅の狭い入口に誘導される。え?ここが入口?と思わずビックリするような控えめな感じで、その看板を見るまでは全然建物の存在を感じれなかった。

 

 

 

 

エントランス

でその細いエントランスに導かれる感じでただただ進んでいくしかない感じです。でどんどん進んでいくと、吹き抜けや中庭も部分的にはあるのですがさほど変化がない感じで各展示室を廻らされます。特にこれといった変化も感じられずに展示物を見終わり、階段を登ると・・

 

 

 

お土産売り場

こんな感じで急に空間が広がります。SHOPや休憩場になっていてとても人で賑わっています。日本の美術館で、こんなに上手く休憩場を演出出来ている建物ってそんなにないような気がします。そもそも日本人に美術館でゆっくりするという考え方が無い為かもしれませんが・・建築家が演出しても上手く使われるとはかぎらないし・・・

 

 

 

駐車場側入口

 
駐車場に停めていちど宇治川の方に出て正門からアプローチしたのでこちらから入る事はなかったのですが、なんだその黒い建物は(>_<)って感じです。新設した当時は無かったみたいなのであとから建てたみたいですが目もあてられない状態です。ほんとはこの位置から下の写真の感じで見えてくるはずだったのに・・いやほんと、増設計画って大切ですね!建築をすぐに台無しにしてしまう・・

H17.8.5追記
平等院宝物館横に建てられている「黒い倉庫」は、平等院の本尊阿弥陀如来を修理するための仮設工房であり、2年後には解体されなくなるそうです。
国宝の修理で様々な制約上(仏像の大きさ等)、写真の位置、大きさの倉庫の建設となっている。
いろんな問題があるんですね〜

 

 

 

駐車場側入口から建物を見る

 
平等院の中にあるほかの建物とは対象的にモダンなデザインですが、その源流は数奇屋建築にあるみたいです。連続する連続した柱・垂木、出の深い庇、低い軒高・・まさに日本建築そのものでしょう!鳳凰堂と比べてみると似ている事に気が付きます。

 

 

 

駐車場側入口からの休憩場へのアプローチ

 
左隣の倉庫が気になりますが、低く抑えられたボリュームがとても心地良いです。この右手下が鳳凰堂なんですが、そこからの視界に入ってこないように検討されています。

 

 

 

休憩場

 
いい感じですね〜低い軒高が空間に落ち着きを作り出しています。座る高さも抑えているし、テーブルなんかもなしで、とても柔かい人の集まり方になっていて、なるほどと思いました。この低さこそ、日本建築の真髄だと再確認させられました。ただここから鳳凰堂が見えてもよかったんじゃないかな〜とは思うのですが・・当然そうなると見られる訳なんですが・・こんな時安藤ちゃんならどうするのかな〜なんて思ちゃうんですが・・

 

 

 

平等院鳳凰堂側に戻る階段

 

で上の休憩場から下りてくる階段です。どう見てもアプローチにしか見えないんですが・・カッコよすぎです。入口じゃないよって看板がありました(多分)建築は通常見上げる事でデザインするのに〜まあ、エントランス空間と休憩ホールを同じ空間ににして混ぜるのは、確かに趣に欠けるけどね・・・

通常このように多方向から建物にアプローチする場合は一度ホールに人を集めてそこから展示空間に誘導する方が動線が明確な為一般的に採用されている。

 

この建物には2つのテーマがあったように思う。一つは「鳳凰堂に対して控える事 」でもう一つは「人の動線を線にする」である。
前者に対しては、建築家とすれば少しは対峙してみても面白いと思うが経営者としては、鳳凰堂の風景を壊したくないというのは当然だとも思う。後者に対しては、これまた賛否両論だろうが、建築家として一箇所に人を集めて、展示室を廻らして又その空間に戻す事は出来るだけ避けたい。というのは、どんな空間か解かってしまっていては面白くないからだ、小説で最後が解かっていたら面白くもなんともないのと似ている。故に動線を一本線(同じ空間に戻らないタイプ)としたいのは解かるが、この敷地の場合鳳凰堂からのアプローチだとそれでいいのだが、駐車場側からだと、なんかよく解からん道順になってしまっている。
その違和感は休憩場を通り抜ける事によって発生している。まあ、なんにしても多方向アプローチタイプに対して、線的イメージの建物動線が上手く機能しきれてないようにも感じた。駐車場側から入ってくる人が少ない訳じゃないし・・・



 

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